2007年09月19日

悲劇の武将 村上善清

風林火山 北信濃の勇


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群雄割拠の戦国時代、北信濃村上・南信濃諏訪・木曾の木曾氏
守護の小笠原氏が勢力を持っていました。


中でも村上善清は、上田原と砥石城の2度にわたる戦いで、信玄
を打ち破った唯一の武将である。

弱肉強食の戦国時代には、真面目で義に篤く、人間見あふれる
性格が災いし、氏族の寝返りにより信玄に城を奪われ、謙信を
頼って越後を頼って落ち延びる結果になってしまう。

しかし、謙信は村上の義に篤い人柄を、高く評価し、信玄打倒に
立ち上がるのです。

これから、川中島の戦いへとなだれ込んでいくのです。

謙信が越後の根知城を任せたのも、武田信玄侵攻の防衛ライン
して、重要な拠点だったからなのです。


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しかし、村上善清は本望むなしく故郷に戻ることなく、信玄に
先立つこと3ヶ月(1573年)正月、根知で波乱の73歳の
生涯を閉じます。



この村上善清も最後の最後まで、上杉謙信に次ぐ、武田信玄
のライバルであったのですね。
戦国最強の異名をとる、武田信玄に2度も勝ったのはこの善清
しかいないのです。


長野・信濃はもう一つ感銘を受けることは、人望が厚い方が
多いことでしょうか?
戦国武将でいえば、義に篤いというのが特に多いですよね。
また、地元への執着心の強いことが良く解りますね。
真田幸隆などもそうですね。 由布姫も自着心は誰よりも強い
ですよね。


郷土的な事が大いに左右しているのだろうと思います。
その精神を引き継いでいるのでしょうね、信州の方は人情の
厚い
方々がやっぱり多いですね。


     では、また。






posted by ANN at 22:01| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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