2007年12月16日

風林火山 「決戦川中島」

最終回 風林火山 「決戦川中島」


大決戦の川中島の戦い。ついに完結してしまいました。
「風林火山」ついに今日終焉してしまいました。
悲しい〜〜。 寂しい〜〜。  

勘助有難う〜〜〜!


もう、今回の大河ドラマ「風林火山」最高でしたね。
壮絶でした。 本当にすばらしかった。
ドラマでこんなに泣いたのは久々です。 それほど、
のめり込んでしまいましたね。


もう、始めのテーマ曲が流れ出したところから、刹那さ
がこみ上げて来てしまいましたね。

騎馬軍.jpg


全員の回想などもあり、その都度泣いてしまいました。
勘助の波乱の生涯を想うに付け、感傷がこみ上げてきてし
まいますね。
一心に自らの定めた道を、一心不乱に突き抜けた生涯でし
たね。

由布姫が袖を引くシーンは堪らなかったですね。
涙、ボー・ボーな感じですよ。 変な比喩ですが、そんな
感じですよ。


勘助は何を教えてくれたのでしょう。

戦の勝ち負けは何なのだ、「戦いの勝敗は関係ない。
何を守り。何の為に戦うかじゃ。人の為、生きる。」

そのテーマが脈々と伝わってきました。 感動ですね。
山本勘助という一人の人間の、壮絶な人生ドラマだったの
です。

勘助最ご.jpg

人を愛し、人の為に戦い、わが想うものの為に、一生を
捧げるのだ
。」 この尊い純粋な生き方に、引き付けられた
のでしょう。


現代の我々はそんな不器用に一心に何かに捧げる人生を
送っているでしょうか?
一生懸命になる事にいつの間にか堕落して、自身の全てを
捧げるなどの好意にナンセンスを感じるようになって来ては
いないだろうか?


勘助は自身の生きる道の為にそれを全うしました。
不器用だったと言ってしまえばそれまでかもしれません。
しかし、勘助のように真っ直ぐに生きて行きたいですね。


一騎打ち.gif


風林火山」本当に有難う。 充実の1年でした
本当にこんなに嵌まった大河は今までに無かったです。
出演人・スタッフ関係者の皆様にお疲れ様と言いたいですね。


山本勘助ありがとう〜〜〜〜。


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2007年12月15日

勘助の最期

P1000376.jpg今週末は、ついに風林火山・山本勘助の最期ですね。
終わってしまうのが、とても残念ですが、内野・勘助を見届けましょう。

つい先日のスタジオパークにゲストで内野さんがでてましたね!
そこで、撮影秘話を沢山紹介していました。

本当に大変だったようですね。
しかし、役にハマり過ぎて本当に本番に自然と涙がとまらなくなってしまった等など、エピソードがありました。


演じる方も、本当のリアル感を求めて、一生懸命だったようです。

やはり、それだけの努力があったからあんなに良いものが、出来てきていたんですね。

その思いが、見てる側の我々に伝わって来ていたので、のめり込んでしまったのですね。


さて、本当に最期ですから、週末はハンカチ片手に多いに泣きますか。
posted by ANN at 15:25| 山梨 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

風林火山 「決戦川中島」

風林火山 「決戦川中島」


風林火山決戦川中島、クライマックスの序章が
始まりました。

ん〜〜〜〜ワクワク・ドキドキでしたね。

山本勘助の啄木鳥戦法が採用され、陣を二手に分けての
奇襲作戦。
しかし、例のあのお婆がやはり出てきて、上杉方へも
情報を授けてしまいましたね。


それにより、裏を掛かれる形に陥ってしまったのです。
これは、上杉方の宇佐美の存在はやはり大きいでしたね。
そして、それを決断させた謙信の凄さでもあったので
しょうか?

しんげん.jpg


画して、武田勢は一辺防戦になってしまったのです。
勘助の失態であったと言えばそうなのかもしれません。
しかし、勘助を攻められるでしょうか?
戦場は生き物、全てが旨くいく方が不思議であります。

歴史に残る雌雄を決する戦、ほんの些細なことで形成は
変わってしまいます。
これが、歴史なのです。 歴史は無情ですね!


しかし、武田別働隊が駆けつければこれまた、今度は上杉
軍が大不利に陥るいります。
上杉軍は早く決着を付けねばならないのです。
その焦りは・・・・・・戦場でどう影響してくるのでしょうか?
その辺は最終回になりますね。

騎馬軍.jpg

とにもかくにも、その時間を稼ぐために自らを犠牲に
して、勇猛果敢に戦慄を渦回した武田信繁の存在でありまし
たね。


今日はこれにつきますね。
も〜〜涙・涙で見てられませんでしたね。 このなんと言っ
たら言いか、人に為に、我が守る者ためにと言うか、犠牲
の精神と確固たる団結。

これが武田甲州騎馬軍団の心意気と言うか、強さであったの
ではと思います。
人と人との繋がり、絆がとても強い気質なんですよね。
甲州人という者は。
だから強かったのです。 恐れられていたのです。


あの人の為なら何でもやってやる。 っという気質がなぜか
強いと思いますね。甲斐の人間は。 それは山国のこの土壌が
そうさせて、育んできた歴史なのかもしれません。


信繁と諸角の最後すばらしかった。感動でしたね。

w44_1.jpg


さて、来週はついに最終回になってしまいますね。
心して、山本勘助の最後を見届けましょう〜〜〜〜〜!


では、また。
タグ:風林火山
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2007年12月02日

風林火山 「いざ川中島」

風林火山 「いざ川中島」

大河ドラマ「風林火山」いよいよ後2回となって
来ましたね。

大詰めになってきました。
第4回の川中島の大合戦、この戦いが戦国で最大の
雌雄を決する戦いであるのです。


盛り上がってきますね。 この大河ではどの様に
表現されるかが、一番の関心事、また楽しみであります。


なんと言っても、ここが一番の見せ所であります。
一番の迫力のある場面であります。 絶対に一瞬も
見逃せないですね。

まさに、決戦なんです。
どちらも意地をかけた、大決戦なのです。

P1000194.JPG



決戦に向かうもの達を送る者にも、それぞれの思いが
あったのでしょうね。
短い中に、その情景を見事に出していましたね。

こういう細かいところが、最後まで行き届いているので、
この風林火山の評判は落ちなかったのでしょうね。


見てるこちら側にも落ち度が見れない、それは当たり前の
ようで、一番困難なことであると思います。
10話や20話の物語ではありません。
50話もやる超〜長いドラマなんですから、どこかで
気を抜くとか、たるみの出るものなんですね。


しかし、ここまでそんな回は一回も見ていない。
そこがすばらしいですね。 そして、楽しませてくれますね。

その都度、その都度展開が面白くて、知らない間にここまで
のめり込んできてしまったような感じですね。


k_f_kazan48b.jpg



今回も、また怪しげなお婆が出てきてましたね。
絶対変ですよね。 こんな最後の近い回にワザワザ出てく
るなんて、臭いです。


この婆が、この決戦の鍵を握り左右させる者になるのか?
怪しい、絶対怪しい。 どう考えても怪しい。

最後の伏線だ。 来週も楽しみです。

では。  ちなみにお婆はYOUかと思ったら、違う人でした。
誰だろう?  調べてみますか?







posted by ANN at 19:48| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月25日

風林火山 「決戦前夜」

風林火山 「決戦前夜」


風林火山決戦前夜。 いよいよ、押し迫ってきましたね。
川中島の大合戦が始まります。

k_f_kazan48a_1.jpg



どうなっていくのか、楽しみでたまりません。
今日の回の放送は、準備段階のような感じでしたね。


北条側より手を引かせて、再度信濃に目を向けさせる事に
成功した武田勢。
北条も恩を感じるのかと思いきや、その真意を見抜いていた
のはやはり、北条氏康でしたね。


良く焼けぬ貝だわ〜。っと言って」甲斐の武田信玄
煮えぬ思いを吐露していましたね。



さて、戦略で目先を戻させたのはいいですが、これからは
調略は効かない、真っ向勝負の大決戦になっていくのです。


ガクトの出陣の名文句は、カッコよかったですね。
いや〜、「ずるい」ですな。 様になりすぎですし、カリスマ
性もろだしですよね。


片やびっこの主人公、それも隻眼。 どっちが主役でしょう。
しかし、それを超越する魅力が勘助にはあり、この風林火山
にはありますね。 本当に楽しい。
ずーと終わらないでいて欲しいのだが、そうも行きませんな。


f_kazan48.jpg


勘助のお茶目なシーンが今日もあって、面白かったですね。
あの大きな目の動きで演技をするのは、内野さん天才ですね。

その仕草だけで、雰囲気を解らしてしまうあの表現力は
すばらしいですね。


山本勘助の奥義は「人を慈しむ事」と香坂弾正が言っていま
したが、ジーンとくる一言でしたね。

このドラマの信条というか、サブテーマのような気がしたのは
私だけでしょうか?


いままで、何度となく出てきました。慈愛と慈しむこと。
段々最期に向けて、このストーリーの本質のテーマが、
何を発信しようとしているのかが、ちょっと解って来たような
気がしますね。



さあー、残りあとわずか最期まで凝視です。
では、また。






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posted by ANN at 19:12| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月20日

月のいい城

海津城(松代城)


風林火山・天才軍師が壮絶な最期を遂げる、戦国時代最大の
合戦場、川中島。


北信濃に攻め込んだ武田軍は、いよいよ越後の龍・上杉謙信
Gackt)と宿命の対決
を向かえる事になる。

物語の最終局面として、描かれているのが、永禄4年(1561)
年に火蓋を切った4度目となる川中島の合戦です。

P1000377.jpg





戦国時代の屈指の名勝負として、語り継がれてきました。
この戦いで、山本勘助はあの有名な「啄木鳥の戦法」を
献案します。


軍を二手に分けて、上杉軍に奇襲をかける戦法です。
しかし、その動きを謙信に見破られてしまい、危機的
状態に陥ることになる。

山本勘助は、その責を感じ死力を振り絞って本陣を守った
のです。


P1000376.jpg


海津城が先日の放送に出てきました。
この城は、勘助の思い入れの強い城の一つです。
風林火山の小説にはこう表現されています。
「月のいい」城と語るシーンが描かれています。
上杉謙信との最期の決戦に向けて、思いを馳せた決死の
覚悟を決めた城であったのでしょう。


情景が浮かぶ、ロマンが想像できる城ですね。
では、また。








posted by ANN at 22:31| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

風林火山 「関東出兵」

風林火山 「関東出兵」


GacktGacktの上杉謙信が着目の
回でしたね。

越後が関東に攻めてきたのは知ってましたが、小田原
まで南下していたのですね。
それは知りませんでした。


鎌倉の鶴が丘八幡宮で上杉関東管領職の儀式がなされて
いた事も、驚きです。

上杉謙信とは越後守護に重きを置いていたという、先入感
があったので、関東の鎌倉側まで来ていたなんて思いませ
んでしたね。 
勉強になります。


061102003722.jpg


しかし、その Gackt(上杉謙信)にも力が膨大になって
しまって、驕りが出て来るのですね。
どんな純な人間にも、権威・権力の悪魔の力は掛かってきて
しまうのですね。

神と自身を思い込む自体が、既に驕りの塊のような気もするが
この戦国時代の中では、清い方の武将だったのですかね。
逆に言えば、清すぎて方向性が曲がることもありますかね。
どんな時代でも、事象でもバランスが大事と言うことですな。


しかし、そんな謙信にも些細な落ち度が生ずるのです。
来週はその血相が見られるかもしれませんね。


そして、武田との最後の決戦へと向かうことになります。

いやー、ドキドキ・ワクワクしますね。 クライマックスは
どう表現されるのでしょう。
もー後わずかしかないと思うと、寂しいですね。
今から泣きそうになりますね。 


061121004294.jpg




四郎(勝頼)が元服して、勘助にも多少な焦りというか、驕り
と言うか? 少し違和感を感じます。 勘助にもこの頃
から歯車が合わなくなってきているのでしょうか?


春日弾正との絡み合いにも、少々おいを感じてしまいました。
それを思わせる見事な演技演出が、また堪りませんなぁ〜。


ではまた、来週。



posted by ANN at 19:28| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

風林火山 「謀略桶狭間」

風林火山 「謀略桶狭間」


いやぁ〜、痛快でしたね。 今日の回の風林火山の放映
は、してやったりといった感じでしたね。


虎王丸の調略でその一端を加担していた、今川にお返しを
する勘助。

一気に今川自体を崩すことになるこの調略、見事ですね。
史実の是非はともかくとしても、面白いですね。


ここに、勘助が武田に仕官する前、駿河にいた事が生かさる
ことになるのです。
すばらしいですね。 始めから考えられていた事なのでしょ
うか。
もし、そうだとしたら、とてつもない大複線です。
これを始めから考えていた演出家は、とてつもなくすばらしい
方ですね。


なんとドラマティックなんでしょう。 凄いです。


w45_3.jpg



勘助を毛嫌いしている今川義元は、勘助の言ったことには
必ずはむかい、違う道に行くでしょう。
それを見越しての、軍師山本勘助の大策略です。
こんな見事な作戦があるでしょうか。 それも、勘助だあった
からこそ出来たことです。


寿桂尼の哀れが、気持ちよく見えてしまうほど、痛快でしたね。
軍師を失った(雪斎)時点で、今川の未来は目に見えていた
のかもしれませんね。



否、策に溺れた者の報いなのかもしれませんな。
また、山本勘助を甘く見据えた(軍師)を甘く見た報いだった
のでしょう。

w45_2.jpg

勘助が寿桂尼を2回目に目どおりした際に、言った言葉が後
を引きます。
雨が降ってまいりましたな。恵みの雨でありましょう。」

どちらにとっての恵みの雨なのでしょう。 
それは、織田方にとっての恵みの雨なのです。今川ではない。


そのときの勘助の後姿には、鬼が見えるようでしたね

いや〜、「風林火山」最高。 勘助最高。 

今日も面白かったです。


では、また。
posted by ANN at 20:59| 山梨 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

風林火山 「信玄暗殺」

武田信玄暗殺!


w44_3.jpg


諏訪家の忘れ形見、「虎王丸」。この僧を刺客に差し向けた
のは駿河の今川。

しかし、大元の調略を施したのは越後の宇佐美なのである。
宇佐美は上洛をする、上杉謙信( Gackt)のいない間に
武田に内紛、クーデターを起こさせて矛先を留める為に
したのである。


全ての根源は越後であったのですが、それを利用しようとした
今川「寿桂尼」の仕業であった。

fujimura.jpg




こんな情報網の行き届いていない時代に、こんな戦略を
(調略)する事にまず驚かされますね。

クーデターを起こさせるなんて、一級の戦略です。
まさに、宇佐美または越後の恐ろしさを痛感しますね。


それだけに終わらず、それをまた利用し自国の有利を得よう
とする者もいるのですから、何と言うか。
戦国時代は騙し、化かしあいのようなものなのか?



いやいや、何に一番驚きを覚えるかと言うと、そんな調略
を考え付く者たちがそこらじゅうウヨウヨいた事に(特に
軍師)驚かされますよね。


w44_1.jpg



戦い争うだけの勇猛盛んな者ばかりのように思われる戦国
の世ですが、その反面超〜頭の切れる者が沢山いたのだと
驚きですね。


日本人は昔のほうが、賢かったように思えてしまいますね。
現在の社会は!・・・・・・・・・




さて、暗殺は失敗に終わり武田家には害は及びませんでしたが、
これを利用し、画策をテコ入れした今川を勘助がそのままに
するはずがない。


次週は、丁度今川の一大事が起きる桶狭間の尾張との戦いです。
果たして何が起きるのでしょうか?


目には目を、勘助のお返しの調略が施されます。 その時、
今川義元は?  これは見ものですね。
面白い。 痛快です。 まさに、歴史のいたずら。

来週が超〜〜楽しみです。  では、また。





posted by ANN at 20:01| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

風林火山史実の演出

山本勘助は本当に存在したのか? という疑問を放映
当初に投げかけていた書物等が沢山出回ったが、勘助が
実在した証拠とされる市川文書なる古文書があります。

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先日の風林火山の放映の時に、あざとい方は解ったと思いま
すが、その市川文書の事を何気なく軍議の場で言ってましたね。

解りました〜〜〜〜?

今回の大河ドラマ「風林火山」のいい所は、このような史実
を疎かにせず、どの様な形でもいいですから、必ず表現されて
いるという事ではないでしょうか?
市川文書に関しては、豆知識の方でも書いてますので詳しく
はそちらを呼んで下さい。ここではふれません
。)



もう一つ例を挙げると、長尾景虎の朝廷から許されたとされて
いる、毛氈・白傘袋
これも史実どおりの代物です。


011.jpg

1550年、(天文19年)謙信は朝廷より毛氈と白傘袋を
使用することを許されています。

それは、越後守護国主と認める証でったのです。

毛氈鞍覆いとはいったいどんな物なのか?
鞍覆いは馬の鞍を湿気や乾燥から守るための覆いのこと。
傘袋は晴天の時、折笠を入れておく袋の事です。


どちらも身分によって、材質や色などが決められていたよう
です。
ちなみに、将軍は鞍覆いとして輸入の緋毛氈を使用していた
ようです。


このように毛氈の使用を許された謙信は、朝廷からは絶大な
信頼があったと推測されますね。


では、また。




posted by ANN at 00:01| 山梨 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 風林火山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする